コメンテーター高木美保のコメントに反論する

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何を言われても我慢しろというのは結局経験したことのない人か、それを私はやりました偉いでしょって言う2種類しか居ないと思うんだよね。

 

高木美保さんが、近鉄の車掌が骨折した事件にコメントしてたけど、それは違うよ!と苗木くんばりに反論したい。

と言うのも、自分も理不尽なことを言われたことがあるからだ。

 

客商売において理不尽は多い。
それは客からもそうだし、味方だと思ってた店側からもあるものだけど、それら全てを許容したいのなら仏道に入るべきだと思うくらいだ。

仕事だから我慢っていうのは、環境に対してだと思うんだよ。
消防士なら火傷しなきゃいけないし
看護師なら人の死に立ち向かわなきゃいけない

でも、人の起こす人災にまで我慢する必要があるだろうか?

キリストですら、差し出した右手が払われたら左の腕を切りおとせなんて怖い詩を綴っている。

人と人なのだから、なぜそこで理不尽が起こるのかを考えて欲しい。

店と客という枠組みがあると、どうしても客の方が偉いという構図になりがちなのだけど、そうではないのだ。

店にだって客を選ぶ権利がある。
都市伝説だと思っているかもしれないが、元来人と人の営みというのは対等だ。

これを亡き者にしたのが三波春夫の「」と言う言葉

これも悪い言葉じゃないのだけど、この意味をそのまま受け取っている人が多すぎる。

こんな事を解説するのもバカバカしいと思うのだけど…

 

この「お客様」と言うのは三波春夫にとってのお客様であって、全ての客ではない。

それも、台風の日や豪雪の日に、三波春夫が見たいと思って来ていただいたお客様

そして、神様と言うのは「何をしてもいい」と言う意味ではない。

こんな時に来てくださった方は神様にも匹敵するのだから、その分私も誠心誠意込めて演らせて頂きますと言う意味なのだ。

本当に自分の事を愛してくれている
だから答えなければ粗相にあたる
それがお客様と三波春夫の関係なのだ。

私もスーパーで働いて居た頃に物を売らなかったことがある。
それはお客さんの持って来た商品に不備があったからだ。

スーパーのレジで誰が対応したかなんて普通の人は考えないだろうけども
せっかく自分の担当するレジに来てもらったのだから不能品を売るようなことはしたくないじゃないか

そう言う信頼関係があると、わざわざ並んでも私にレジをと言う人が出来てくるのだ。

誰でもいいから不満・クレームをつけたいと言うのは、暴行罪以外の何者でもない。

相手がよりやりやすいように改善点を指摘するのがクレームなんだ。

列車の遅延に対してクレームをつけるのならそもそも相手が違う。
正直なところ、私も遅延に対しては色々と悩まされる所がある。

だからこそ、落下防止の遮蔽扉を全駅にさっさとつけろと言いたい。

これは鉄道会社が自身の身を守るためにも必要なことだと考えるからだ

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