実写化批判は思考停止にしか過ぎない。やってることは変わらない

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漫画原作の実写化について、批判轟々なことはもはや常識である。
実写化自体に反対な人やキャスティングについて疑問を投げかける人
それは、作品を本当に愛しているからこそだと思うのだが、
思考停止の状態になっているのではないだろうか?

 

実写化された作品は、数え上げればキリがない。

その度に批判が盛り上がるが、明確な根拠を示した批判は少なく、
多くが単なる愚痴や文句になっていると私は感じるのだ。

 

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批判と中傷の違い

まずもって、批判と中傷の違いを理解しているだろうか?

批判というのは評価であり、明確な根拠がある。

「あの場面で、あの効果音は場違い的で見ている人に誤解や不安を与えるのではないか?」

これは批判として受け取ることができ、制作側に改善の余地を与えるものだ。

 

一方で中傷と言うのは、根拠のない凝り固まった
自分の意見でしかなく、入り込む隙がない。

「私の〇〇様を俳優がやるなんて信じられない!」
「絶対に失敗すると思う!」

なぜ?と言う根拠が示されておらず、
独りよがりな意見であることが分かってもらえると思う。

ネットで盛り上がっている批判の多くは、
根拠の示されない中傷に成り下がっているのだ。

 

 

日本の作品はあまりにも2次元的

漫画原作の実写化に多くの批判が集まるのは、
原作漫画のせいだと言っても過言ではない。

日本の漫画の多くはあまりにも2次元的なのだ。

アベンジャーズと言う作品群を例に挙げるが、
あの超能力戦隊ももともとはコミックス出身だ。

スーパーマンから始まるアベンジャーズ達と
日本の作品で大きく違うのは、原作のリアリティの差だと私は感じる。

事実として、デスノートが実写化した際に文句が出ることは少なかった。
それどころか、大きな実績を残したではないか。

 

なぜ同じ漫画という枠組みでありながら、
ここまで違いが出るのかといえば作者の絵の書き方に大きな問題を感じてしまう。

 

 

実写化された漫画作者の意見

実写化に際して大きく違うのは、
原作者とファンの考え方の違いによるものだと私は思う。

最近ではジャンプコミックスの作品が実写化されることが多い。

ワンピースのスーパー歌舞伎
地獄先生ぬ〜べ〜のドラマ化
るろうに剣心の映画化

これらについて、批判が出たことはご存知の通りであるが、
地獄先生ぬ〜べ〜の作者である真倉翔氏はツイッターにて、
「違った世界観・新しいぬ〜べ〜を皆さんにも見て欲しい」とコメントしていた。

また最近実写化された銀魂の空知氏は巻末コメントにて
「転けてもそれはそれでネタにできるし、むしろ銀魂実写化は転けて欲しい。その方が銀魂らしい」
とハナクソを飛ばしながら語っている。

作者としては、他の人が作った世界観も感じて見たいと考えていることは間違いないのである。

 

世界観は人それぞれである

漫画や小説において、正解と言うのはないと言える。
世界観や解釈は人それぞれであるからだ。

むしろ、統一された世界観を持っている人間など存在しない。

だからこそ、新しい発想や作品が生まれるのだ。

 

しかし、ファンがその事を理解しているかと言うと、
凝り固まった世界観に陶酔しているだけの人が9割だろう。

次の展開を予想したり、結末を予想する方がよっぽど健全だ

 

D.Gray-manと言う作品を覚えている人がどれだけいるか分からないが、
ジャンプ連載からS.Qへ連載が移ってから、昔の方が好きだったと言う人が多い。

物語が進行しているにも関わらず、作者の世界観についていけなかったからこそ出てくる文句だと私は思う。

こう言った作者の世界観とファンの世界観の齟齬は昔から存在していた。

ドラゴンボールの鳥山明氏は、ドクタースランプとドラゴンボールと
まったく違うテイストの作品が代表作に挙げられる。

実際に鳥山明氏が描きたかったのはドクタースランプのような世界だと言ったら、
多くの人はドラゴンボールの方が好きだと言うに違いない。

しかし、鳥山明氏は諦めなかった。
ドラゴンボールZのブウ編では、ギャグテイストをふんだんに盛り込み、
ドラゴンボール超に至っては、あのサイヤ人の王子がギャグ要員として使われている。

作者の描きたいものを批判すると言うことは、
その世界観が自身と合わなかったと言うだけの問題で、
漫画作者はファンの操り人形ではないと言う事をもっと理解していただきたい。

 

実写化の世界観

実写化と言うのは世界観の集合体と言っても過言ではないだろう。

監督・演出家・俳優たち
それぞれまったく違う世界観を持っていて、
収録現場と言うのはその世界観をぶつけ合っている戦場だ。

それらの材料をボウルに入れて、こね合わせ、平たく伸ばして完成する。

 

実写化と言うのはピザのようなものだと思うのだが
これを読んで批判的意見の人はどう感じるだろうか。

批判的意見も、そのピザのトッピングや後付けの調味料だと、私は思う。

 

同人誌も同じ穴のムジナ

同人誌も行為としては実写化となんら変わりのないことだと私は思うのだ。

作者の世界観とは違った世界観が、同人誌の世界にはあるだろう。
自分たちが想像したシチュエーションや、それと違った世界観もあることだろう。

しかし、それを共有したいと思うことは大切な事なのだ。

媒体が違っても、ベクトルは同じだと言うことが疎かになっていないだろうか?

自分たちの世界が壊れると言うのは勝手な意見で、世界観は人それぞれだと私は考える。

 

実際の実写化の問題

私が一番問題視したいのは、原作使用料の問題だ。
たとえ実写化が成功しようと失敗しようと、原作者にはいる料金は変わらない。

これが極端に少ないことこそ、大きな問題ではないだろうか?

作品が好きな人は盲目的になっているだろうが、
もっと周りに目を向ければ大きな問題はその辺にゴロゴロしている。

キャラクターが好きだから批判すると言うのはあまりにも幼稚としかいえないのだ。

 

まとめ

世界観の共有は大変に難しい。
しかし、作品への愛がなければなし得ないことであることは確かなのだ。

2次創作にしろ、実写化にしろ向かっているベクトルは同じで、
作品をより深く追求することこそが真の目的なのだ。

嫌ならば、目を閉じ耳を塞ぎ何も言わずに自分の世界に陶酔していればいい。
それがどれだけ孤独な世界であるのかは、体験してみて欲しい。

実写化は作品を侮辱する行為ではなく
新しい世界観を皆で共有して楽しみたいと言うだけの行為だと、
読んだ人が理解を示してくれれば嬉しい。

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