死刑制度のあり方について。日本の死刑、あなたはどう考える?

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日記記事の中で言ったんだけど、最近死刑囚に関する漫画を買ったんだよね

そもそも私が犯罪者や危険人物に関して興味を持ったのは、
アメリカ・ミルウォーキー州の食人鬼ことジェフリー・ダーマーを知ったところからなんだけど、それから結構犯罪とか犯罪者については調べるようになった。

 

もともと高校の頃に、夏休みの人権作文で「強姦罪と基本的人権の矛盾について」を書いた時点で、そういう素養はあったのかもしれないけどね…。

 

さて、前置きもそこそこに今回は日本の死刑制度について、私なりの考察を述べさせてもらいたい。

と言うのも、私は死刑制度には賛成派である。と言うところが大きいのだけども、そのあり方については思うところがあるんだよね。

 

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死刑とは

死刑っていうのは、そのまま死を持って罪を償うこと
なので死刑囚というのは収監されているだけであって、刑に服役しているわけではないんだよね。

だから、刑務所とは言わずに拘置所というところに収監されていて、服役ではなく収監扱いになっている。

この死刑の執行には法務大臣の許可が必要で、法務大臣が承認して初めて刑が執行される。

 

この法務大臣の承認というところが実はすごく重要なところで、法務大臣の承認がない場合は死刑が執行されないことになる。
法務大臣は死刑判決確定後6ヶ月以内に承認をしなければならないと定められているんだけども、御存知の通りなかなか死刑が執行されたというニュースは流れないよね。

ちなみに、現在死刑囚は127名いるとされているよ。

 

死刑が執行されない理由

死刑が執行されないのは実はいろいろな理由がある。

1つは上告中とか再審請求とかによるものだね。
裁判は3回までのやり直しが認められていて、その裁判を待っている状態。

これはあんまりないパターンだけども、別事件の裁判を控えている場合は系の執行は見送られる。

「凶悪」のモデルになった上申書殺人事件はこのパターンになる。

 

それでもなかなか法務大臣が承認しないのには、死刑制度のつきまとう責任の重さと言うのがある。

袴田事件や足利事件なんかがそうなんだけども、過去の捜査の精度が低くて冤罪の可能性がある囚人を死刑にしてしまって、その後それが冤罪だと分かってしまったら、法務大臣はもちろんだけども内閣や政府自体が大きな責任を負うことになってしまうから、法務大臣は躊躇してしまうんだよね。

だから任期満了近くになると、承認するっていう法務大臣も少なくない。

鳩山総理が法務大臣だった頃にその話題が出て池上さんが解説してたね。

 

あと、これも珍しいパターンだけど、「麻原彰晃」だね。
麻原についてはまた別で記事を書こうと思うんだけど、彼の場合は確定死刑囚であることは間違いないんだけども、死刑を執行することで彼の信者が一斉蜂起するのを避ける狙いがあるんだよね。

とまぁ、様々な理由から日本ではなかなか死刑が執行されない状態にあるよ。

 

死刑となる罪

よく言われているのが、1人殺したくらいでは死刑にならないと言われているけども、これはそれまでがそうだっただけで、実際には1人でも死刑判決を言い渡された判例はある。
(闇サイト殺人事件)

死刑になる罪と言うのは、日本では限定的で以下の通り。

殺人罪

死刑又は無期若しくは5年以上の懲役

5年以上となっているけれど、判例的には10年以上が平均

 

強盗殺人

強盗が、人を負傷させたときは無期又は6年以上の懲役に処し、死亡させたときは死刑又は無期懲役に処する。

 

放火

放火して、現に人が住居に使用し又は現に人がいる建造物、汽車、電車、艦船又は鉱坑を焼損した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する。

 

外患罪

日本国に対して外国から武力の行使があったときに、これに加担して、その軍務に服し、その他これに軍事上の利益を与えた者は、死刑又は無期若しくは2年以上の懲役に処する。

 

内乱罪

1項.国の統治機構を破壊し、又はその領土において国権を排除して権力を行使し、その他憲法の定める統治の基本秩序を壊乱することを目的として暴動をした者は、内乱の罪とし、次の区別に従って処断する。

1.首謀者は、死刑又は無期禁錮に処する。
2.謀議に参与し、又は群衆を指揮した者は無期又は3年以上の禁錮に処し、その他諸般の職務に従事した者は1年以上10年以下の禁錮に処する。
3.付和随行し、その他単に暴動に参加した者は、3年以下の禁錮に処する。

2項.前項の罪の未遂は、罰する。ただし、同項第3号に規定する者については、この限りでない。

 

 

その他

公共のものに毒を混入する行為
電車・汽車・船艦を破壊・転覆する行為
放火と同じく水によって浸水させる行為

量刑としてどうということではなく、多数の命の危険性があるかという点が大きな争点になっているのではないかと考えられるね…。

 

殺人罪の死刑について

殺人罪の場合、その過程に置いて裁判を進行する上で重要なことになってくる。

そもそも日本の刑罰というのは犯罪を犯した人間を更生させるために存在していると言ってもいい。

その為、更生の機会やその余地があるものを即断死刑にするかといえばしないというのが慣例になってるんだよね。(罪を憎んで人を憎まず)

 

殺人罪で死刑となる場合は、無差別殺人であること、更生の余地がないこと、計画性があることが大きな争点になる。

特に計画性の有無については、他国でも重要視されていて、アメリカなどの第一級殺人などはこの計画性があったかどうかということなんだ。

 

こういったところから、1人殺しただけでは死刑はないって考え方が広まっていたんだけども、闇サイト殺人事件の判決では出頭した人物以外は死刑が確定したんだよね。

 

死刑のあり方について

さて、ここからが本題となるんだけども、そもそも死刑というのは抑止力的な意味合いが強い刑罰なんだよね。

でも、最近増えてきているのが自殺したくないから死刑制度を利用するという考え方の犯人がいるのも事実なんだよね。

記憶にあたらしいのは、秋葉原の通り魔殺人事件じゃないだろうか…。

 

だから抑止力としての死刑というのは、今では意味が無いことなのかもしれない。

ただ個人的には被害者遺族側の立場に立った時に、自分の大切な人が殺されて犯人がのうのうと生きている現状は絶対に許されるべきではないと思うんだよね。

こういうのを被害者感情というのだけれども、相応の罪には相応の罰をもって当たらなければならないというのは人間的感情として当たり前だと思う。

 

連続殺人や無差別殺人なんかで、被害者が多い場合に犯人1人の命でどこまで償えるのかというと疑問の余地が出るところではあるんだけどね…。

 

 

私が死刑制度に賛成の理由

私が死刑制度に賛成するのは、やっぱり被害者感情としての側面が大きいかな。
人を殺しておいて、のうのうと生き延びているっていうのは疑問を感じるところだし、生きていられることの方がそれだけで被害者遺族を苛むことだと思う。

確かに冤罪というリスクは背負っているけれども、マスコミの行っている社会的制裁と比べれば、私は社会的制裁の方がどうかと思うんだよね。

 

あと、さっきも出たんだけど更生の余地があるかと言うところは私は大きな疑問を感じることがあるんだよね。

正当防衛が過剰防衛になってしまったりだとか、言い方は悪いけれども被害者が死んでも仕方ないと思うような状況ならば話は変わってくるけれども、自分の利益のために殺人を犯した場合に更生の余地があるのだろうか?

 

実際に一度服役した人物が再犯して再逮捕されたということは珍しいことじゃない
(これはマスコミによる社会的制裁が大きく起因しているが…)

また再犯した人間がより大きな犯罪に関わっているということもある。

 

江戸時代の日本ならば、犯罪を犯したものには墨を入れて、それが3度行われた場合はそれが窃盗であっても獄門となった。

今や窃盗なんかは軽犯罪と言われるようにあったけれども、罪に重いも軽いもあったものではない。
万引きなんかで小さい商店が潰れることは社会問題だ。

 

逆に死刑制度を抑止力とするのであれば、昔の日本を少しは踏襲するべきではないだろうか。
死刑制度の抑止力は薄まってきているとは言ったが、それでも抑止力として効果を発揮していないわけではない。

恐怖政治となるかもしれないが、犯罪率の抑制にはこういった効果を取り入れるしかないのではないだろうか。

私も含め、全員が全員善人ではないのだから

 

まとめ

日本の死刑制度については、各々考えを持っておいて欲しいと思う。
それは単純に犯罪の抑止力としての刑罰ではなく、日本の司法制度の改革によって生まれた陪審員制度において、あなたが選ばれる可能性があるからだ。

あなたの意見で犯罪者と言えど人1人の命を握ることになる。

そうなった時に、「私は罪悪感を背負いたくないから無期懲役で」というわけには行かないはずだ。

 

もちろん、私がここに書いた私の持論は私の全てではない。
きちんと状況を見て、それで自分の思う正義のために死刑という選択肢を選ぶときもあるということだ。

冤罪の可能性や過失など、そういった場合を考えずに死刑に賛成しているわけではないということは理解していただきたい。

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