配慮しろと言う上司ほど配慮出来ていない。もはやパワハラ

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うちの上司は事あるごとに配慮しろと言う。
もちろん、今忙しいから後ででも問題ないだろうと言うことに関しては、時間がありそうな時に持っていく。

でも、上の人って下に対する配慮がないと思うのは気のせいだろうか。

例えば、私はこの前面談があったのだけれど、面談があると言うのは言われてその瞬間始めて知った事。
もちろん上司の予定もあるのは理解できるが、朝礼の時や昼礼のときにでも「面談やります」くらいの告知をしておくのが部下に対しての配慮ではないのだろうか。

 

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配慮の意味を調べてみた

配慮の意味を調べてみたら

「手落ちのない、又は良い結果になるようにあれこれと心を配る事」

「心遣い、気遣い」

と言うのが出てきたわけだ。

この良い結果になると言うのは、誰にとっての良い結果なのだろうか。

私としては「自分にとって」の良い結果になるようにだと思うのだけれど、配慮しろと言う人は、この言葉でその良い結果を抑制しようとしている。

 

そもそも心遣いや気配りは、強制されてやる事なのか

そもそもの話だけれど、、気遣い、心遣いは強制されてやるものだろうか?

私は「配慮しろ」と言われてやった行動って、結局は配慮でもなんでもないような気がする。

なぜなら「配慮しろ」と上司から言われた時点で、それは「指示」に変わるわけで、自分主体の行動ではなくなるからだ。

しかも、「配慮しろ」と言う言葉には、「どうしたらいいかも自分で考えろ」というのも含まれている。完全な投げっぱなしである。

そもそも相手のことが好きだから、気を使ってあげようと言う気になるのであって、上司のことが好きではないなら、ぶっちゃけ配慮のしようがない。

好きでない相手に対して、こう動いて欲しいからこう動こうは、企てと言った方が正しい使い方だ。

 

配慮しろと言う人ほど配慮がない

 

配慮しろと言う人に限って、配慮が足りないと思っている。
それは、目上の人に対してではなく目下の人間に対しての配慮だ。

そもそも目上に対して使う場合、「」ではなく「敬い」という言葉のほうが使われることが多く、配慮と言う言葉自体が目下か同等の相手に対して使う言葉である。

上司の多くは、自分は配慮しろと言うけれども、目下に対して配慮することは少ないと私は思っている。
と言うか、今の会社で上司から「」された覚えはない。

配慮しろと言ってくる人ほど、自分が動きやすいように部下をコントロールしようとしているのだ。

 

配慮しろもパワハラになるのではないだろうか

なにか粗相があって「配慮しろ」と言われるのであればいいけれども、毎日のように「配慮しろ」と言われ、なおかつ朝礼や昼礼や終礼でも配慮についての注意喚起が起こる。

これのおかげで、その上司が出勤する時間前になると、先輩社員たちが慌てて書類の準備を仕出したり、数字の統計を取っている。
正直、上司が来るからという理由でそれを始められると、こっちの作業も焦ってしまうことになるし、随時更新されていく数字に関して言わせてもらえば、タイムラグだって生じる。

これが果たして配慮なのかどうかと言うと疑問であるし、もっと早めに対応を練っていくことだって不可能ではないと思う。

こうやって業務に差し障りがある状態で、その上司のためにという行動が「」という言葉によるコントロールが起きているのであれば、それは配慮ではなく指示だし、それを配慮という言葉で隠しているのはパワハラになる。

 

まとめ

配慮というのは、してあげようという心の現れだと思っている。

それを何度も繰り返して、語気を強めて強制するような言い方は「」に当たると私は思う。

そもそも、配慮してほしいというのであれば、それはお願いであって指示であっては行けないし、配慮してもらったから配慮するという当たり前の上に成り立っている。

配慮しろと言うのは、ありがとうという気持ちの乗らない配慮であって、本当の意味での配慮には程遠い。

そもそも上司からの配慮がないのに、配慮しろと言われる部下の気持ちになったことがあるのだろうか…。

結局の所、上司が配慮がないのに、部下が配慮できる環境づくりが出来ているわけがないのだ。

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