子供の教育。危険から遠ざけるだけで良いのだろうか?

パソコン関係, テレビ, 意見, 社会

最近のニュースを見ていると、子どもの安全に気遣うようなニュースが増えたと思う。
もちろんそれは素晴らしいことだと思うのだけれど、やり方が極端すぎるのではないだろうか。

行われているすべての行為をそうやって否定するわけではないのだが、アプローチの仕方が根本的に間違っているんじゃないだろうかと私は思う。

 

今、子どもたちを守るために行われていることの大半が規制の強化であったり、危険物の排除だ。
もちろん規則を強くしておいて禁止にしておけば、やらない限りは危険ではない。
危険なものを排除してしまえば、それ以上の被害は出さなくて済む。

ただ、本当にそれが正解かと言えば、絶対に違うと私は思うのだ。

 

スポンサードリンク

 

減らされていく子どもの遊び場・遊び道具

私が幼い頃は親から「外に出て遊びなさい」とよく言われた。
当時の私からすれば冷暖房の整った部屋でゲームをしている方が何倍も良かったので反抗していたものだが…

今にして思えばその言葉というのは真実であったなと思う。

 

大人になればなるほど外で遊ぶという機会は少なくなるし、たまの休日なんかは外に出たくない。

更に言えば、アウトドアと言っても出来ることは限られてくるし、子ども並みのスタミナもないわけで…

 

しかし、最近の親は遊ぶ暇があるならば勉強をしろというのだろう…。
勉強というのは誰かに強制されてやるものではないし、ましてその方が勉強しなくなる。

だが、最近は外に出て遊ぶということを知らない子どもも増えたんじゃないだろうか?
テレビゲームや携帯ゲームやアプリゲーム

私が当時小学生だった頃からは及びもつかないゲームがそこらじゅうに溢れている。

 

そしてそれ以上に、子どもが外で遊べる環境というのはなくなってきているんじゃないかと感じてしまう。

 

私はよく友達と公園なんかでサッカーだとかキャッチボールだとかをしたのだけれど
今ではそういったことが出来る公園というのは少なくなってきている。

公園の看板にはペットの連れ込み禁止やボール遊び禁止や花火禁止の表示が当たり前のようになされている。

じゃあ、何で遊べば良いのだろうか…?

 

公園の遊具に関しても、危険だからと様々な遊具が撤去されている。
私が好きだった公園のくるくる回るドーム型のジャングルジム(グローブジャングルと言うらしい)も最近は撤去されている。

 

他にも「うんてい」や「すべり台」も撤去される。

更地となった公園…いや、もはや空き地で道具を使った遊びが禁止された。
もはや公園じゃなくてもいいよね?熱いし寒いし、家でいいじゃん。

こうなって当たり前だろ!

 

見守り役はどこへ行ってしまったのか

夕方遅くまで遊んでいると、近所の人が「もうそろそろお家へお帰り」なんて言ってくれた。

子どもの安全を地域全体で見ていて、なにか危ないことがあると見ず知らずの人が心配し怒ってくれた。

だが、今じゃそんな事をしようものなら不審者として警察へ通報されてしまう。
そんなに過保護になるのであれば、一緒に公園へ遊びに行けば良いんじゃないか?

 

子どもと言うのは国の宝である。
と言うのも、子どもをもつ親御さんに取ってはもちろんだけれども経済的観点から見ても新たな労働力の確保につながるわけだし、主としての存続を考えれば子どもは居なくてはいけない存在だ。

だからこそ過保護になるのも分かるのだけれども、そこで地域との交流を隔絶してしまっては、社会というものの存在に子どもが触れられる機会をわざわざ奪っていると言うものだ。

 

子どもは大切なものだ。だからこそ地域の力を借りて目が届かないところでも安全に遊べるようにしようというのが親心ではないだろうか?

 

地域住民についても私は思うところがある。
保育園や幼稚園がないと嘆いている待機児童が多いとニュースでやっているが、その保育園や幼稚園の増設に反対しているのは地域で暮らしている高齢者たちだという。

理由は子どもたちの声がうるさいからだと言うのが多いらしいが、これからの労働力たる子どもたちの存在を自らのエゴで潰すのはいかがなものだろうか?
国から貰える年金は、誰が払っているのかといえば今の20〜50代の世代だ。

その10年後20年後に年金を支払うために働いてくれるのは、今待機児童で待たされている子どもたちだ。

 

住みよい社会というのは、自分たちさえ良ければいいというのがそうなのだとしたらそれは大きな間違いである。

 

規制を強化することにはなんの意味もない

ネットの規制が進んでいるのはもはや言うまでもない。
だがそこを規制しても何の意味もないということに気づいている人は少ないはずだ。

インターネットの規制というのは確かに必要な場面もあるけれども、それは悪意のあるサイトに対してだ。

小学校や中学校のパソコンルームでパソコンを使って検索したことがある人ならばわかると思うが、大半のサイトは閲覧不可能になっている。
私のような小さなブログはもちろんのことだが、大手のサイトでも変わらない。

とにかく見られるページというのは極端に少ない。

これでは重要な情報があったとしても見つけられないのは言うまでもないだろう。

 

情報リテラシーがどうのこうのよりも、子どもが知ると言う機会を奪っているのは大人たちだ。
規制の強化よりも、実害としてどんな事が起こるのかを実際に見せたほうが何倍も危機感を抱かせやすい。

 

こんなことを言うと、恐怖心で子どもの心を縛り付けるのは人権が云々カンヌンと言う話をよく頂くわけだが
子どもにだって「知る権利」はある。それを奪っておいて人権を主張するのは詭弁でしかないだろう。

何故いけないのか?
そのことを先に教育するべきだと私は思う。

 

過剰な性の規制は必要か?

規制と言えば、性的描写に関する規制も最近は話題になっている。

もちろん子供と言えど12歳から生殖が可能で、子どもを作ることは出来る。
「14才の母」などは当時の性観念の話から話題を読んだ作品だったが、だからといって規制すればいいという話ではない。

 

「14才の母」
動画を視聴する

 

なぜ子どもが性行為をすることがタブーとされているのかと言えば、観念的な問題よりも経済的な部分での自立が行えないからだ。
更に出産には命の危険が伴うもので、助産師や産婦人科医をはじめ様々な技術が進歩してきたからこそ安全に行えるようになってきた。

しかし、子どもを育てるためにはそれなりのお金を要求される。
入院費や出産費はもちろんだが、子どもの養育費は言った誰が支払わねばならないのか…。

その事をもっと子どもに理解させる必要があるのではないだろうか?
もちろんネガティブなイメージではなくポジティブなイメージでだ。

 

規制されていたとしても、興味のある子は調べてしまう。
いまやネット上でアダルト画像を探すのは難しくない。しかしながらワンクリック詐欺やウィルス等の危険性も孕んでいる。
その部分をしっかりと伝えずに規制したとしても、全く意味はないのだ。

 

子供のことを考えるのであれば、教えなければいけないのはセックス等の性行動につきまとう危険性だろう。
性病はもちろんのことだが、妊娠してしまった場合の予後のことなど様々にあるだろう。

めんどくさがってとりあえず規制では、この危険性は全く排除されない。

 

情報リテラシーに対する理解力は大人でも低い

近年、SNSに関するトラブルが増えている。
それは子供だけではなく大人も例外ではない。

例えばネットストーカーだが、最近になってSNSのメッセージ機能もストーカー防止法の枠組みに入ることになった。

これは素晴らしい取り組みだが、まずはインターネットで自己に関する情報をあまり上げないことこそが望まれる。
私の場合はよく引き合いに家族の話を持ち出したり、私生活でどんなことがあったかをネタにしているけれども、それだって個人情報となりうる様々な物を含んでいる。

自撮り等をアップする場合、背景は白塗りの壁が望ましい。
部屋の一部や全体が写っている画像は、本人の私生活をバラしているようなものだ。

また最近の携帯には位置情報を残しておく機能が備わっている。
フリーソフトですら簡単に位置情報が割り出せてしまうものなので、そういった設定もちゃんとしなければならない。

 

またTwitterには便利な連携アプリがあるのだけれども、その連携アプリが行える行動にもちゃんと目を向けて欲しい。
多くのアプリは、つぶやくために必要最低限、利用者のTwitterにつぶやくよという文言が添えられている。

しかしながら、これを使って他人のアカウントで広告情報を呟かせたりする悪意のあるプログラムも存在している。

最悪の場合、勝手にフォローしたりする場合もある。
こういった部分も注意が必要なのだ。

 

また最近ニュースで話題に上がったのが、無料Wi-Fiについてだ。
スマホが主流となって無料で使えるWi-Fiスポットは非常に便利なものだけれども、外部からアクセスされるという危険性も含んでいる。

冗談ではなく、真面目な話だが私程度に知識のある人間ならば無料Wi-Fiにつながっているパソコンの情報を盗み見たり抜き取ったり出来る。
それくらいには簡単なことなのだ。

これは無料Wi-Fiに限ったことではなく、家に設置しているWi-Fiでも同じことが起こり得る。
多くのルーターはWAPキーと言うものを設定していてパスワードを知らないものをブロックするが、まれに設定されていないものの場合は他の人間に自分のパソコンの中のデーターを晒しているようなものだと思って欲しい。

 

もしもそういった情報に疎いのであれば、すぐさまサポートセンターに相談して話を聞くことをオススメしたい。

 

 

まとめ

なんでもかんでも規制するのは本当に意味がない。
と言うか、規制するもののなぜ規制するのかを理解していない人のほうが多いのではないだろうか?

まずは何が悪いのか。どうして悪いのか。
それを規制する側が正しく理解していなければならないし、規制したとしても危険性は0になっていないことを念頭において欲しい。

 

私としては、ひとりひとりの理解力のなさが露呈するような話であるとすら思うし
情報リテラシーに関しては、知識のある人が少なすぎると思っている。

 

まずもって大人たちの理解力こそ鍛えて欲しい!

スポンサーリンク